適応課題を見逃すな ―どんなに素晴らしい施策でも適応課題を見逃すと真の改善には至らない /下津浦 剛

COLUMN

退職者を減らす施策の効果が出ない

とある業界のリーディングカンパニーは、中途採用の応募者が多くありましたが、採用担当者の悩みは尽きませんでした。

入社即日から第一線の戦力として活躍できる優秀な人材も集まる一方で、すぐには十分にパフォーマンスを発揮できずに退職してしまう人も多くいました。企業の成長スピードが速い上に、一定数の中途採用者が脱落していく結果、終わりのない採用活動が続いており、この状況をどうにか変えたいと、中途採用者の育成強化に向けて以下のような施策に取り組みはじめたのは2年前のことでした。

1. コンピテンシーに基づいた入社年数や役職に応じた研修プログラム提供
2. 全社員向けOJTのトレーニング提供
3. 1on1(上司と部下が1対1で行う、定期的な面談)の実施の義務化
4. 役職者向けエグゼクティブコーチング提供
5. フィードバックカルチャーの醸成へ向け、役員や人事から様々なメッセージを配信

しかし、2年間、策を講じ続けても、退職者数に大きな変化は見られず、むしろ企業規模がさらに大きくなっていたため、数だけで見れば退職者はさらに増加し、より一層の採用数増加を求められる状況になっていました。

技術的問題と適応課題の違い

多くの企業が、様々な課題に応じて仕組みや制度、システム、リソース等を投入し、解決に向けて取り組まれていると思います。しかし、この事例のように効果が出ないことも少なくありません。なぜでしょうか? 効果が出ない理由の一つに、「適応課題」を「技術的問題」として扱ってしまうことが挙げられます。

技術的問題とは、仕組みや制度、システム、ノウハウやスキル等の人的パワーで解決、または改善できる課題です。冒頭の事例に記載した施策は、いずれも技術的問題として捉えたがゆえに取られたものです。

一方で、組織内における対人関係上のリスクから触れられていないことや、問題だと認識しているがうまく説明できないために置き去りにしているケースも多々見受けられます。これらが適応課題であり、実はここに組織の課題を解決するための重要なポイントがあるのです。

適応課題は、課題に関わる当事者によって引き起こされている課題です。トップダウンで、仕組みを変えたり、制度を導入したりしても、組織内の個々人の価値観や思い込みによって一筋縄では解決できません。解決するには、直接または間接的にそこに関わる当事者同士の対話が必要です。適応課題として識別せずに技術的問題として対応した場合、サボタージュが起きるケースもあれば、サボタージュしないまでも放置され、そのことがさらなる課題を発生させるケースもあります。

適応課題は、次の図のように大きく4つの種類に分類されます。一見すると技術的問題であっても、組織の状態をより深掘りしていくと、これら4つの適応課題の1つや複数に該当しているケースがあります。また、技術的問題と適応課題の2つが融合しているケースもあります。

冒頭の事例では、その後、第一線のマネジャーへのインタビューを行った結果から課題が浮き彫りになってきました。長期的な視点を持って部下を教育する必要性を感じていない、もしくは優先順位として低かったのです。短期の売上目標が設定され、その達成が求められている状況では、自身のパフォーマンスを発揮することと自チーム・自組織の結果を出すことが最優先になり、トレーニングの受講や1on1の制度が業務で活用されることはありませんでした。

つまり、退職者が多いことを自身の課題としてとらえ、施策を実践することに対して”腹落ち”していなかったわけです。教育制度を導入するという策を講じる前に、なぜ教育が必要なのか、教育する時間をどう扱うのか、教育を重視する代わりに短期的な業績があがらないことに対して企業としてどう考えるのか、等も含めて話し合いを行い、しっかりとマネジャーが理解し、合意することが必要でした。

適応課題の解決策

同一企業、同一組織に所属し、企業理念やミッションを追っていても、その解釈には必ず相違が生まれます。適応課題の解決には、それぞれが大切にしている価値観や信念を明らかにし、個々人が変化に適応できるように組織が対処することが求められます。個々人の想いや信念についてどちらが正しいかを問うのではなく、聞き手の価値観で判断せずに話をする”対話”を通じて関係性を構築することが必要です。聞き手の価値観で判断をすると同意や共感が生まれる一方で、批判や反感、拒絶も生まれやすく、これによって適応課題の根本的な原因が引き起こされることもあるためです。

さらに、対話の際に最も重要で、最も難しいことは、その場が“安心・安全の場”であること、そのために場のリスクを取り払うことです。対話では、自己開示されたものを当事者間で共有することが相互理解につながります。その場で、評価されたり、否定されたり、現状のポジションや役割に影響するようでは、保身を優先して、開示することができなくなってしまいます。そうならないように、対話参加者が対話の場への理解を持ち一定のルールの上でコミュニケーションを維持し続けることが肝心です。当事者ではない第三者(メタな存在)が介入することで、より確実に、より迅速に、安心・安全の場を形成し、維持し続けることが可能になります。

対話の場で、当事者同士が共通認識を持ち、相手を受容することを試みることで、それぞれの立場や立ち位置から描いている解釈を理解できるようになります。通常の業務をこなしながら相互理解へ向けた対話の時間を持つことはなかなか困難ですが、この状態になって初めて適応課題の解決へ向けた取り組みが可能になり、組織が一丸となって動き出すことになるのです。

スカイライトコンサルティングでは、技術的問題の解決の支援だけではなく、適応課題の解決へ向けた支援も行っています。適応課題としてそもそも何が起こっているのか、その識別からご支援していますので是非ご相談ください。

下津浦 剛 Takeshi Shimotsuura

スカイライト コンサルティング株式会社 プリンシパル
一般社団法人ビジネスコーチ・チームコーチ連盟 理事
PHP研究所認定 上級ビジネスコーチ/エグゼクティブコーチ/チームコーチ

会計事務所、外資系コンサルティングファーム、ベンチャー企業の経営を経て、2012年にスカイライト コンサルティングに参画。
企業変革の支援として、IT戦略立案や方針策定、業務プロセスの改革や各種制度設計、IT導入等の支援を行う。組織開発や組織風土変革の支援として、チームコーチングやグループプロセスコンサルテーション、リーダーシップ開発等、ハード・ソフト両面における支援を得意とする。エグゼクティブコーチングやパーソナルコーチングを同時に展開し、変革スピードのさらなる加速を実現する。

Skylight Consulting Inc.

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