上司・部下のコミュニケーションの一環として1on1(ワンオンワン)を導入する企業が増えています。1on1とは、上司と部下による1対1の定期的な対話の時間のことです。もともとはシリコンバレー発祥の人材育成の手法ですが、日本でも2012年にヤフー株式会社(当時)が全面導入した頃から注目を集めはじめ、最近ではコミュニケーション強化の一環としても注目されています。
一般的な面談との大きな違いは「部下のための時間」だという点です。『シリコンバレー式最強の育て方―人材マネジメントの新しい常識 1on1 ミーティング』では、上司が部下の話を「聴くこと」に徹すること、部下の話を聴ききることの大切さが強調されています。例えば、部下の話を聴ききることで、部下の「モヤモヤ」が外に出てやがて部下の中から消えていきモチベーションの向上につながる、部下に対する姿勢を「お前は分かってない」から「今考えていることを私に教えてくれないか?」に変えることで関係性が改善する、といったこと等が紹介されています。
一方で、「聴くこと」は他者のためだけではありません。ケイト・マーフィ氏は著書『LISTEN―知性豊かで創造力がある人になれる』で、自らの聴く経験、多くの研究資料、多様な人々へのインタビューをもとに、「聴くこと」は自身の経験や存在を豊かにし高めてくれると述べています。聴くことは聴き手自身に次のようなことをもたらします。
・聴いてみるまでは分からなかった自分にとってのチャンスを獲得する
・レッテルを貼ったり、先入観を持ったりという視野狭窄を回避する
・白黒はっきりしない事象に耐えることを通じて、物事を捉える新たな視点を獲得する
・相手に話しやすさを感じさせること等により信頼を得て、多くの人間関係を構築する
そして聴く上で大事なことの一つは、興味・関心を持って耳を傾けることだとも述べています。単に聞くだけでなく、相手の言葉の背後にあるものや、自分への響き方にも注意を払うということです。これは、部下との1on1に臨む上司に求められる姿勢としても大切でしょう。
私たちは「みんな違って、みんないい」という個を大事にする社会を生きています。それは一方で「違いを際立たせる」という分断の種が社会にちりばめられているとも言えます。「聴くこと」とは、マーフィのように広い意味で捉えると、その分断の種をなんとか発芽させずに、お互いがつながり続けるための一つの方法のようにも思えます。であるならば、「聴くこと」は、今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。
『シリコンバレー式 最強の育て方 ― 人材マネジメントの新しい常識 1on1ミーティング』 世古詞一(著) かんき出版 2017年 |
『LISTEN ― 知性豊かで創造力がある人になれる』 ケイト・マーフィ(著) 篠田真貴子(監訳) 松丸さとみ(翻訳) 日経BP 2021年 |