インパクト投資は資本主義を変えるのか

TREND NAVI

近年、「インパクト投資」に関する話題やニュースが増えてきています。その名付け親であるロックフェラー財団を中心とするインパクト投資のネットワーク組織であるGIIN(Global Impact Investing Network)によれば、「インパクト投資とは、金銭的なリターンと並行して、ポジティブで測定可能な社会的・環境的インパクトを生み出すことを意図して行われる投資」と定義されています。社会問題を視野に入れた投資手法としてはサステナブル投資やESG投資もありますが、インパクト投資が大きく違うのは、インパクトを測定することにこだわる点です。インパクトとは「事業や活動の結果として生じた、社会的・環境的な変化や効果」(Impact Management Projectによる定義)を指しており、現在の投資評価基準である金銭的なリスクとリターンに加え、社会的・環境的変化を数値化したインパクトを併せて考慮すべきという考え方がその根底にあります。

なぜそういった考え方が必要とされているのでしょうか。『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』では、今日の資本主義という制度には社会を不安定化する機構が組み込まれていると論じられています。利潤を確保するために構造的な人種差別が行われ、子育てや介護などのケアも犠牲にされがちです。また、自然に関しても土地や利用の権利さえ得れば、基本的に無償で使えるものとみなされます。つまり、資本主義は金銭的な価値評価に閉じることで、人種やケアや自然を「自分の外部に存在するもの」とし、一方的に利用されてしかるべきものとみなします。これら外部の存在は資本主義という制度が成り立つ基盤でもあるにもかかわらず、資本主義が発展すればするほど、これらの犠牲が増大していく。いわば自分で自分の足元を削って不安定化していくことになっているのです。

インパクトの設定および測定は、いわばこの外部の存在を可視化する一つの方策と捉えることができます。SDGsで整理されているような社会問題はこうした資本主義の不安定性から生じるものであり、インパクト投資はその改善に照準を合わせる試みにほかなりません。投資手法としてのアプローチはいまのところ大きく三つあるようです。一つ目は、インパクトの測定を投資家の投資評価に組み込むこと¹。二つ目は、企業側の評価、すなわち財務諸表にインパクトを組み込むこと²。これら二つは通常の事業運営からの利潤を元手として投資家へリターンを返すのに対し、三つ目は、得られたインパクトによってベネフィットを得る組織(国や自治体、財団など)に投資家へのリターンを出してもらうという考え方です。例えば、再犯率を下げる取り組みによって成果が出れば政府の対応コストは下がるため、その下がったコストを元手として投資家へリターンを返します³。

こうした取り組みは増えてきているものの、インパクト投資はまだ黎明期にあると言っていいでしょう。インパクトの測定方法についても事例は積みあがってきているものの一般化しているとは言い切れません。また、投資で十分なリターンを得るためには一定の規模が要求されます。さらにインパクトが測定可能なものはある程度事業として確立されていることも必要です。そのため、規模が小さく事業もまだ確立しきれていないシードやアーリーなどの段階の事業にどのように適用していくかという課題があります。その段階は投資対象の拡大のために重要ではあるものの、リスクとリターンの論理に加え、どうインパクトを測定し組み込むかは簡単ではありません。

ただ、リスクの測定が始まり投資方法が劇的に変わったのも20世紀半ばのことにすぎません。これからインパクトの測定が洗練され一般化することでビジネスの考え方が大きく変わってくる可能性は十分あります。日本ではまだ事例が少ないですが、新興国を中心に続々と増えています。今後起こりうる劇的なビジネス環境の変化を見極めるためにも、この分野に目を向けてみるのはいかがでしょうか。

  1. 『インパクト投資入門』第4章参照
  2. インパクト加重会計と呼ばれています。『インパクト投資』第4章参照
  3. 成果連動型民間委託契約として日本でも事例が出始めています参考URL https://www8.cao.go.jp/pfs/index.html

『インパクト投資入門』
須藤 奈応(著)
日本経済新聞出版 2021年
『インパクト投資』
ロナルド・コーエン(著)
日本経済新聞出版 2021年
『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』
ナンシー・フレイザー(著)
筑摩書房 2023年
Skylight Consulting Inc.

Skylight Consulting Inc.

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