両利きの組織をつくる

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『自社の持つ一定分野の知を継続して深掘りし、磨き込んでいく「知の深化」と、自社の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうとする「知の探求」。この2つを両立させる「両利きの経営」が行えている企業ほど、イノベーションが起き、パフォーマンスが高くなる』

スタンフォード大学経営大学院のチャールズ・オライリー教授とハーバード・ビジネススクールのマイケル・タッシュマン教授が1996年に発表した経営理論「両利き(ambidexterity)の経営」は、その後、膨大な実証研究が積み上げられ、経営学におけるイノベーション理論の中核となりました。

DVDレンタルサービスから世界有数の動画配信サービスの会社へ進化したネットフリックス。オンライン書店から、あらゆる商品を扱うオンライン・スーパーストアへ、さらにクラウド・コンピューティング事業へと次々と新領域を広げたアマゾン。写真事業から多角化を成功させた富士フイルムとデジタル化に適応できず倒産したコダック。豊富な成功・失敗事例とともに2019年に翻訳出版された『両利きの経営』は日本でも注目を集め、自社の枠を超えて製品・サービス開発を加速させるオープン・イノベーション論などの文脈とともに様々なメディアで取り上げられました。

しかし、大手上場企業を中心とした組織開発に従事する加藤雅則氏とオライリー教授らは2020年の共著書『両利きの組織をつくる』で、「両利きの経営」の本質は組織進化論であり、その核心は既存事業を深掘りする組織能力と新しい事業を探求する組織能力だけでなく、これら2つの相矛盾する組織能力を併存させる能力という、3つの組織能力の獲得を目指すことにあると述べています。

既存事業の深掘りには高品質を追求するための同質的で連続性を保つ組織能力が、新規事業の探求には様々なアイデアを試して学習していく多様性と非連続性を前提とする組織能力が求められます。ですが、この2つはしばしば水と油のような関係にあり、過去の成功体験による「慣性の力」が当事者間の無用な軋轢や利害対立を生み、新規事業の芽を潰してしまう例は枚挙にいとまがありません。

同書に事例として登場する世界最大手のガラスメーカーのAGC(旧旭硝子)は、中国系企業等との競争激化により2010年の過去最高益から4期連続の減益に陥りました。しかし2015年に就任した島村琢哉CEOのもと、深化と探求それぞれの組織カルチャー(組織特有の行動様式)と組織構造を明確に分離して再構築することで、経営陣が自ら探求事業を保護し、最終的には既存事業のブランドや生産能力等の資産と融合させて新領域の戦略事業を育成する組織へと劇的な変貌を遂げています。

すべての産業分野に及ぶデジタル革命とコロナ禍によって、まさに待ったなしの変革期を迎えた今日、この「両利きの組織」に進化できるかどうかが日本の成熟企業の今後の命運を左右すると言っても過言ではないでしょう。

<書籍紹介>

『両利きの経営
―「 二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』
チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン(著)
入山章栄( 監訳・解説)、冨山和彦(解説)、渡部典子(訳)
東洋経済新報社 2019年
『両利きの組織をつくる
― 大企業病を打破する「攻めと守りの経営」』
加藤雅則、チャールズ・A・オライリー、ウリケ・シェーデ(著)
英治出版 2020年

Skylight Consulting Inc.

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