「予見するために観察し、予知するために予見する」(Voir pour prévoir, prévoir pour prévenir.)
今の事実をありのままに観察し、その法則をとらえて将来を予見する。19世紀、現代にも通じる名言をして社会学の扉を開いたのはフランス人のオーギュスト・コントです。彼が残した名言の中に、「人口動態は運命である」という警句があります。国家の国力・国富は、国民の数(労働力)に依存します。未来の国民の数は、現在の人口動態(構成)で決まるので、現在の人口動態が国家の運命を左右する、とコントは論じたのです。
1998年に、「人口ボーナス期」「人口オーナス期」という概念でこれを証明したのはハーバード大学のデービッド・ブルーム教授です。人口ボーナスとは総人口に占める生産年齢人口(日本の場合は15歳以上65歳未満)の割合が上昇すること、人口オーナスはその割合が下降することを指します。彼は20世紀後半のアジア諸国を分析して、その成長の3分の1が人口ボーナスで説明できるとし、生産年齢人口が経済に与える影響の大きさを明らかにしました。生産年齢人口は経済のエンジンとも言えるでしょう。
日本では1995年頃までボーナス期が続き、その後オーナス期に突入しました。この間、高度成長、バブル、戦後最長の好景気、失われた30年など、数々の言説で経済の波が説明されてきました。これらの波を、統計的な数値や現場での肌感覚を通じて、生産年齢人口(消費年齢人口でもある)こそが経済の波の主要因であると看破したのが『デフレの正体』です。著者の藻谷浩介氏は「景気の波は普通の海の波、それに対して生産年齢人口の波は潮の満ち引き」と例え、生産年齢人口にこそ光を当て対処すべきと訴えました。
視点を引き上げて、世界の生産年齢人口に光を当てると何が見えてくるでしょうか?特筆すべきはやはり中国です。2013年までの人口ボーナス期において、中国はグローバル経済に組み込まれ、生産年齢人口というエンジンの一翼を担っていました。むろん日本にも大きな影響を与え、失われた30年を埋め合わせていたのは他ならぬ中国であると経済学者のチャールズ・グッドハート氏とマノジ・プラダン氏は著書『人口大逆転』で述べています。
中国が人口オーナス期に入った現在、次にエンジンを担うのは、アジアとアフリカです。特にアフリカは、2100年前後まで人口ボーナスが続くという予想もあり、世界中がその発展に期待を寄せています。しかしながら、中国と同様の役割を果たすかどうかは未知数です。アフリカは50を超える国々に分かれており、中国一国のような大規模な経済圏を形成することは困難です。また、政治的な脆弱性による不安定さを抱える国も多く存在します。日本にとっては、1万kmの隔たりが課題ともなるでしょう。いずれにしても今後の趨勢を見守る必要があります。
現在の人口動態を観察することによって、ほぼ確実な未来を見据えることができます。確実な未来など存在しないVUCAと言われる時代だからこそ、オーギュスト・コントの言葉は、今、改めて私達にその重要性を問いかけています。
『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』 藻谷 浩介(著) 角川書店 2010年 |
『人口大逆転 高齢化、インフレの再来、不平等の縮小』 チャールズ・グッドハート, マノジ・プラダン (著), 澁谷 浩(翻訳) 日経BP 2022年 |