1892年の創業以来、ゼネラル・エレクトリック(以下GE)は米国そのものを代表する企業でした。「偉大な経営者」と称されたジャック・ウェルチ氏のCEO就任以降は、官僚主義の排除、品質管理の徹底などの経営改革を進め、金融やメディアへの進出でも成功を収めます。同氏が就任した1981年から2000年にかけて売上は5倍以上、株価は40倍以上に上昇しました。
しかし『GE帝国盛衰史』によれば、その輝かしい業績の裏では、金融子会社の資産売却による利益操作や将来収入の前倒し計上など、数値目標達成への帳尻合わせが社内にまん延していました。ウェルチ氏の後継者たちはそうした体質からの脱却を図りますが、リーマン・ショックでは政府の救済を受けるほどの資金不足に陥ります。その後も家電や金融から撤退する「選択と集中」を進めましたが、業績は低迷し続け、ついに2021年11月、同社はエネルギー、ヘルスケア、航空部門の3分割による事業の簡素化と負債圧縮を図る計画を発表しました。
対照的に見事な復活を遂げたのが、米国の大手家電量販店ベスト・バイです。2012年当時、ネット通販の低価格戦略に対応できずにいた同社の倒産は時間の問題と見られていました。しかし、自社ストア展開で競合になりつつあったアップル、ソニー、そして破壊的な競争相手であったアマゾンとも「店舗内店舗」で協力関係を築くなど、販売網と顧客サービスを進化させることで業績を急回復させました。2012年には11ドルまで下がった株価も、2020年には10倍の110ドル以上を記録しています。
この両社の明暗から学べる最も重要なことは、株価対策でも事業戦略でもありません。企業の目的と「人」という存在への価値観です。GEはパフォーマンスを年間ランキングで評価し、下位10%を解雇することで従業員同士の競争を促しました。同社の目的は「株主価値の最大化」であり、従業員は競争力のためのリソース(資源)だったのです。しかしベスト・バイの経営再建を主導した元CEOユベール・ジョリー氏は『THE HEART OF BUSINESS (ハート・オブ・ビジネス)』で、企業とはパーパスに満ちた人間らしい組織であり、従業員こそパーパスを体現する「ビジネスの核心」だと述べています。
同氏は人員削減を最初ではなく最後の手段とし、逆に福利厚生を充実させるなど、財務やビジネスよりも、まず「人」を最優先しました。そして「テクノロジーを通して顧客の暮らしを豊かにする」という新しいパーパスと、全従業員の「自分を突き動かすもの」を本気で結びつけ、人の持つエネルギーを解き放ったことが、”家電販売のチェーン店”だった同社を再生させた最大の鍵だったのです。
両社の物語は、株主至上主義から、従業員、顧客、社会すべてを大切にするステークホルダー資本主義への転換を象徴すると同時に、人間らしいリーダーシップとは何か、を改めて私たちに問いかけています。
書籍紹介
『GE帝国盛衰史― 「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか』 トーマス・グリタ (著)、 テッド・マン (著)、 御立英史 (翻訳) ダイヤモンド社 2022年 |
『THE HEART OF BUSINESS(ハート・オブ・ビジネス)―― 「人とパーパス」を本気で大切にする新時代のリーダーシップ』 ユベール・ジョリー (著)、 キャロライン・ランバート (著)、 ビル・ジョージ (序文)、 平井一夫 (日本語版序文)、 矢野陽一朗 (日本語版解説)、 樋口武志 (翻訳) 英治出版 2022年 |