現場での成長を促すー経験学習サイクルの紐解きから/ 田頭 篤

COLUMN


“ビジネスにおいて人が学びを得るのは、7割が経験、2割が薫陶、1割が研修である”

人事コンサルタントのマイケル・ロンバルド氏とロバート・アイチンガー氏が提唱した「7・2・1の法則」だ。学びや成長の多くが経験からもたらされるというのは我々の肌感覚と合っているし、ある意味、そう信じているともいえる。そして、この経験からの成長をサイクルとして分かりやすく示したのが、組織行動学者のデイビット・A・コルブ氏が提唱した「経験学習サイクル」だ。現場で経験学習サイクルを回していくことが社員の成長には大事だと、1on1をはじめとする様々な育成制度導入の際、耳にされた方もいるだろう。一方で、「昨日の仕事での経験を基に経験学習サイクルを回して学びを得てください」と言われても、頭の中でサッとサイクルを回せる方は少ないのではないか。実は見かけほど簡単なことではない。今回のコラムでは経験学習サイクルを紐解きつつ、その難しさとちょっとした対処法をお伝えしたい。

■経験学習サイクルとその裏にある「2軸」

経験学習サイクルとは、
1. 具体的経験:仕事上でなんらかの経験をする
2. 省察的観察:経験を観察(何があったのか、自分はどう感じたのか等)する
3. 抽象的概念化:観察した内容について、それはどういうことなのか、次にどう活かすか等、抽象化する
4. 能動的実験:抽象化した概念を、どの機会にどう使うか考え、試してみる
1’. 具体的経験:4を受けて、仕事をする(=経験する)
というステップをサイクリックに回していくことで学習(=成長)が起こるというものである(図の紺色の矢印)。

図:*Kolb(1984)を基に弊社にて編集

この4つのステップが取り上げられることの多い経験学習サイクルだが、実はこのサイクルに隠れている2つの軸にポイントがある。図1の縦軸「具体―抽象」と、横軸「能動―省察」だ。能動―省察は、前者を外向き、後者を内向きと解釈すると理解しやすい。コルブはこの軸を整理した後に4つのステップを提示している。見て分かる通り、経験学習サイクルを回すことは、それぞれの軸上の相反する要素を渡っていくことだ。つまり、この4方向を自在に動き回ることが学び手に要求されている、ということになる。

人それぞれ、積極的に行動する人もいれば、深く内面を振り返る人もいる。学び手の特性をコルブは学習スタイルと呼んだ。この学習スタイルがサイクルを簡単ではないものにしている要因の1つだ。企業としては、社員それぞれが持つ学習スタイルを念頭に、サイクルを促していく必要がある。では、それぞれのステップにおいてどんな促しが有効だろうか。1つ1つ見ていこう。

■具体→省察のステップ

ここでは、具体的な経験をしっかりと観察することが大切だ。日々の仕事に忙殺されている方は、1週間前の仕事での経験も忘れているかもしれない。忘れないうちに軽く振り返っておくことや、昨今のリモートワークであればオンライン会議の録画を利用することもできそうだ。一時期話題となったファクトフルネスのように事実に目を向ける。一方で、感情や気持ちといった右脳的な要素にも目を向けることが必要だ。「その時、どう思っていたか?」「なぜそうしたくなったのか?」といった問いかけや「実は……」という心情吐露の促しが有効だろう。

具体的な経験全てを観察することは不可能だ。経験の中のどこに焦点を当てるのか、どこを切り取るのか、も重要だ。成長しよう(させよう)としている要素を上司と部下の間で事前にすり合わせておくことや、コンピテンシー評価制度などを通じたキャリアステップを描いておくことが、切り取る基準として機能する。

■省察→抽象のステップ

「教訓」を導き出すこととも言えるこのステップで大事なことは、省察で得たそのときだけの結果から判断しないということだ。抽象化とは、省察までは個人の主観だったものを、視野を広げて客観的に見ることへ思考をモードチェンジすることとも言える。似たような経験を思い出したり、上司・同僚が持つ経験と組み合わせたりして、共通するポイントを紡ぎ出すことになる。上司からの問いかけはもちろんのこと、教訓としてその組織が持っている知恵・知見も補助線の役目を果たすだろう。

「やっぱり◯◯をした方がいいですね」という”やっぱり”には注意した方がいいだろう。分かっていたことを改めて言葉にしただけだからだ。そういう意味では、すでに持っている教訓や自分の常識を疑ってかかり、これまで学んだことを「アンラーン」し、新たな知恵・知識を得ることも大切だ。自分が学んだと思ったことは果たして正しかったのか、別の学びがあったのではないか、等、難しい思考を要求されるが、1on1の場を活用し経験者のアドバイスを得ながら考えることが有効だ。

■抽象→能動のステップ

ここでは、「やってみよう」という行動に向けた動機付けが必要だ。個が大事にされる昨今、動機付けはますます人それぞれだが、一般的にはインセンティブや行動の意義だろう。前者の場合は、評価システム・制度にどう紐づくのかの説明が、後者の場合は、その行動にどんな意味があるのか(組織目標への貢献や、自分にとっての有益な成長への貢献等)の説明が必要だ。

行動を起こすための機会を用意することも大事だろう。「経験デザイン」という言葉があるように、今後どんな経験を積んでいくのかあらかじめデザインしておくことを、本人の意思も含めて考える必要がある。例えば、この先1週間、1ヶ月の中で、どの仕事のタイミングでどんなことをやってみようと思っているのか、事前に上司・部下ですり合わせておくだけでも随分と違うのではないだろうか。

■能動→具体のステップ

以前、私がお伝えしたプレゼンテーションの方法を実際の会議で試すかどうか逡巡している方がいた。それを察した上司から「せっかくコンサルタントから学んだのであれば試してみたらいいじゃないか」と背中を押してもらったそうだ。そしてやってみた結果、とてもいい手応えを得られたとご連絡いただいた。能動→具体のステップで大事なのは、実際に行動を起こす(経験する)ことだ。単に行動すればいいだけのことではあるが、その勇気が出ない人も多い。上司や周囲のちょっとした促しが大切だ。

何か行動を起こした後に褒められたり労われたりしたら、もう一度やろうという気になる。この褒められたり労われたりすることは、行動分析学では「好子」と呼ばれているもので、行動の直後に、その行動を増大させる(再度繰り返す)ように機能する刺激のことを言う。実際に行動を起こしたら、この「好子」によって行動することを習慣づけるようにするのも必要だろう。行動の直後に上司から労いの言葉をかけたり、その行動に対して表彰したりといったことが考えられる。

経験学習サイクルを“わざわざ回す”ということをせずとも、日々の仕事の中で学び成長しているという向きもあるだろう。しかし、経験学習サイクルが寄与するのは成長だけではない。経験に対して意味付けしたり(自分の仕事にはこんな意味があったのか)、引っかかりやモヤモヤを解消したり、もちろん上司・部下のコミュニケーションの一助にもなる。筆者としては、学び手のメタ認知力(自分自身を客観的に観察できる力)が自然と向上する点を強調したい。これは自律的に成長していくための重要な素養に他ならないからだ。

経験学習サイクルは簡単には回らない。この前提で現場での成長を見直してみてはいかがだろうか。


田頭 篤 Atsushi Tagashira

スカイライト コンサルティング株式会社 リードエキスパート

2002年からスカイライトコンサルティングに参画。ファシリテーションなどを活用して、ビジネスセクターにおける企業の組織改革支援や部門改革支援、IT導入支援などに従事する他、NPO法人での活動を通じて市民セクターへの支援にも携わる。現在は主に、組織開発・人材開発の領域で、思考・行動の促しを通じてクライアント自らが変革に向けて動いていけるような寄り添い型の支援を行っている。

Skylight Consulting Inc.

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